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おなすです、いつもありがとうございます。
先日、Kさんより玄侑宗久(げんゆうそうきゅう)さんの著書『まわりみち極楽論』をいただきました。Kさんありがとうございます。玄侑さんは禅宗のお坊さんでありながら芥川賞を受賞された方で、なるほど確かに文章がうまい(笑)。 仏教の話だけならここまで面白いと思ったかどうか。物理学、天文学、西洋哲学、ドドイツ、キリスト教などを横断する話はとても読み応えがあり、毎日味わうように読んでいます。読むべくして読んでいる感さえあります。 今まだ読んでいる途中ですが、 「聴くことの功徳」という章はなんとも耳に痛い話でした。 仏教では「聴く」ことの能力だけで六道を超えるのだと規定しているそう です。六道というのはこの六つです。 地獄(じごく)・餓鬼(がき)・畜生(ちくしょう)・修羅(しゅら)・人間(じんかん)・ 天(てん)。 その上が「声聞(しょうもん)」で、どんなに悪い癖があっても「聴く」ことに 長けていれば「声聞」の位になれるのだとか。 聴くことは本当に難易度が高くって、だから仏教では耳が大きい、という だけで六道を超えさせたんだそうです。 羅漢(らかん)さまがそうで、将棋好きとか酒好きとかいろいろな羅漢さん がいるけれど、聴くことに優れていれば、全てOKってことです。へ~~。 孔子さんの言った言葉でも、三十「而立(じりつ)」、四十にして「惑わず」、 五十で「命を知って」、六十で「耳順(じじゅん)」。この耳順で人間として 一応の完成を見るといいます。 どんな意見を聞いても「ああ、なるほどね」と言って理解でき、 腹も立たないのが耳順ですから、仏教とも共通している話です。 「聴く」というのはどういうことかというと、ただ相手の言葉に耳を傾ける わけですが、大抵、自分の価値判断というのを加えて聴いてしまうもの。 自分が正しくて相手がおかしい。 玄侑さんは、「まず、そうした価値判断を放棄すること」と 書かれています。 以下「聴くことの功徳」から引用します。 自分も相手も、子供は子供で、お年寄りはお年寄りで、完全だと思うことです。そこから初めて、聴こうという態度が生まれてくるんだと思います。そして、聴かれることで、人は持っている完全さ、人間としての輝きを取り戻すんじゃないでしょうか? はいっ。「聴く」こともっともっと大事にしていきます!
by oonasu
| 2007-08-15 11:00
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